2021年02月

親切心は「レモン市場」

どうもさくです。

「レモン市場」という単語をご存じでしょうか?経済学的には良く知られた概念でして、情報の非対称性によって、市場が機能しないことがあるという問題点を指摘するものです。

「レモン市場」とは1970年にジョージ・アカロフ氏が発表した論文により、情報の非対称性問題として紹介された例です。ちなみに、アカロフ氏は、ノーベル経済学賞をとっており、奥様は現財務長官のジャネットイエレン氏でもあります。

レモン市場って

レモン市場とは、簡単に言えば、不良品のことです。そして、中古車で不良品(運転してしばらくするまで不良品かどうかわからない)が存在すると、本来の良品が中古車市場に出回らなくなる現象が起こります。

理由は、情報の非対称性。つまり、中古車ディーラーは車が不良品かどうかを知っているので、不良品を高く売ろうとします。一方で、その情報を知らない顧客は、良品すらも、不良品である可能性を考慮して安く買おうとします。すると、良品にとっては安すぎる価格が市場価格になってしまい、不良品のみが出回るようになってしまうという原理です。

この情報の非対称性を解消する手段として、「シグナリング」という手法が考えられます。例えば、第三者による品質保証制度などが考えられるでしょう。

親切心や好意はレモン市場

親切心や好意というのも、レモン市場の特性をもっていると考えられます。

例えば、田舎の家で親切心から屋根の雨漏り診断をしてくれる人がいた場合、警戒をするべきです。海外で、親切に話しかけてくる外国人には、ついていかない方が良いでしょう。優しい言葉で言い寄ってくる男性や、年上のおっさんにbarで話しかけてくる魅力的な女性にも警戒するべきです。

好意というものは、時として、裏にある意図や悪意を隠すための口実として使われることがあり、それを、事前に「真の親切」なのか、「嘘の親切」なのかを見極めることが不可能な状態です。

このため、一般的に、多くの人は親切な人や一方的な好意に対して警戒感を持つことになります。そして、こうした警戒心を向けられた「真の親切者」は、真に親切であるがために、引いてしまうという特性を持っています。このため、親切「市場」には、「嘘の親切」しか残りにくくなります。

シグナリングが重要

特に、男女の好意の場合、女性側に相手の好意の真偽を見極めるインセンティブが発生することになります。男性側が女性側の好意の裏を疑う例はあまりないでしょう。

このため、男性側は何らかの「真の好意」のシグナリングを送らなければなりません。それが、プレゼントであったり、デート代であったりしたのでしょう。ですから、経済的な理由ではなく、シグナリングという意味であったならば、こうした男女間のデートにおける経済的な不均衡はなくならないかもしれません。

しかし、こうしたプレゼントやデート代などは、シグナリングとして有効とは言えないでしょう。というのも、仮に悪意があったとしても、こうしたプレゼントなどを贈ることにインセンティブがあった場合であれば、男性は躊躇なく贈ることになるからです。

やはり、シグナリングには品質保証制度が有効だとさくは思います。つまり、両親の紹介や、共通の友人、会社の上司など、ある種の客観的な第3者を間に挟むことが重要になります。こうすれば、ある程度人間関係によるモニタリングが効くので、相手がどのような真意を持っているか見極めやすくなるでしょう。

まとめ

親切心や好意というのは、レモン市場のような仕組みが働くため、単純な親切心は時として警戒されてしまうことがあります。このため、親切心と好意はシグナリングとセットに行う必要があり、シグナリングを含めてこその好意なのだと理解すべきです。日本では、無償の親切心や、見返りを求めない好意に対して、賞賛する傾向があると思います。ただ、こうした好意は、時として、相手にとっては警戒すべき迷惑な好意にもつながります。

さくとしては、親切心が純粋に機能しにくい状況が世の中を難しくしていると考えています。普通、弱っている人に近づくのは、宗教関係者や詐欺など悪意を持った人である可能性が高いです。しかし、一方で本当に親切な人がいることも確かで、むしろ、普通に親切な人の方が世の中多いのかもしれません。

しかし、こうした親切心は、一部の悪意な人がいるだけで、親切「市場」を壊してしまう力を持っています。なんとかして、情報の非対称性を乗り越える方法を考えたいものです。

ではでは


セミリタイアランキング

にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村














「4℃」という温度

どうもさくです。

クリスマスになるとやってくる、いい大人がクリスマスプレゼントに(Canal)「4℃」を送るのはいかがなものかという論争。30代女性へのプレゼントとしては、若者向けブランドであり1-2万円台のプレゼントはややふさわしくないのではないかという論調です。

こうした論調が盛り上がるのも、一つはこうしたクリスマスプレゼントが決して安いものではないことと、ツイッター上で晒すという行為が適切かというような反論が数多くあるからだと思います。

そういえば、さくも、20数年前に初めて女性にプレゼントしたのも、「4℃」だったような気がする。(記憶の中では。)なので、この年になって、「4℃」は若者向けブランドなのかと認識した次第ではあります。

男性目線で見ると

この感覚は、例えば30代の男性が、Gショックをクリスマスプレゼントにもらったような感覚でしょうか?

Gショックは確かに、値段としてはかなり高額になるものの、一般の30代男性が身に着けるにはややふさわしくない気がします。(趣味によりけりなので、一概には言えません。)

こうして考えると、特にGショックが好きだと言っていないのにも関わらず、Gショックをプレゼントされた30代男性は微妙な気持ちになるのは、わからなくもありません。


プレゼントってなんだろう

ここで、さくは改めて思ったのは、そもそもプレゼントってなんだろうということです。特に、男女間で発生するプレゼントについて。

一般に、男性は女性に対してプレゼントを贈ることで、愛情や親密さを表現するという意味合いがあるようです。つまり、愛情など目に見えないものを、形で表現するということです。

つまり、「4℃」問題とは、愛情や親密さを形で表現する上で、その形式が相応しくないという主張であるとも理解できます。こうした、主張に対して、「プレゼントをもらっているのに、偉そうなことを言うな」とかいうタイプの反論は、反論としとしては成立していないかもしれまえん。なぜならば、女性側が主張しているのは、あくまでも形式の不備についての主張であり、男性を擁護する側の主張は、あくまでもプレゼントが表現しようとしている「愛情や親密さ」の部分を重視する主張だからです。


反論じゃないけども

だだ、さくは、やや違った感情を持ってこの議論を見てしまいます。そして、多くの男性が、批判的に見てしまうのも、実はここなんではないかと思うのです。

それは、この「4℃」問題を語る女性側に対して、ある種のやや流行に疎い男性への侮蔑の気持ちを感じ取ってしまうからです。これは、いわゆる「負の性欲」問題とも絡む議論かもしれません。

つまり、女性の側に、こうしたやや「ダサい」男性に対して敬遠する感情があり、こうした拒否の感情は、女性の方が当然に強くなりがちです。こうした、好意のない男性からの好意(プレゼント)に、拒否の感情を持ってしまうのは、女性が「選ぶ性」であることや「弱い立場」であることから当然のようにおもいます。そして、こうした感情をもつこと自体、社会通念上認められているようにも思います。

例えば、仮に、男性が、好意のない女性から貰った手作りバレンタインチョコを、ツイッター上で晒すという行為をすれば、相当な批判を受けることが容易に想像できます。つまり、男性側は、好ましくない好意について紳士に対応するべきという社会的規範があるということだと思います。

まとめ

さくは、「4℃」問題について、微妙な気持ちを持っています。

というのも、好ましくない好意、「ダサい」好意というのを拒否したくなる女性側の気持ちや立場も理解できるからです。一方的な好意や、ストーカーなど、自分の身を守らなければならない女性側が、心理的に好ましくない好意に対して拒否感を感じるのはわかるからです。特に、好意を装った犯罪などもあるので、警戒のし過ぎということもないと思うのです。

一方で、さくは、現在中年男性です。つまり、仮にだれか若い女性に好意を持ったとしても、迷惑な好意になってしまうことは重々承知してはいます。

ただ、こうしたやや侮蔑的な感情は、社会的に許されたとしても、また、身を守るための必要な感情であったとしても、あくまでも侮蔑的な感情であることは変わらないということだけ、小さく主張させていただきます。

みなさま、どうお考えでしょうか。

ではでは


セミリタイアランキング

にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村
















断らない女の何が問題なのか

どうもさくです。


菅首相の長男らと総務審議官当時に会食した山田真貴子報道官への批判が集まっている。そして。若者に向けた過去の動画メッセージで、自身について「飲み会を絶対に断らない女としてやってきた」と述べていたことなどに焦点が集まっている。

山田真貴子氏は、1984年入省のいわゆるキャリア官僚。官僚としての最高位を表す次官級ポストに女性で始めて就任した、女性キャリアとしてのスター中のスターとも言える人物である。

今回の事件(7万4千円接待)については、官僚の倫理規定など多くの意見があるところであろうし、言いたいこともある人は多いと思うが、それより、さくが注目したのは、「断らない女」発言である。

偶然の出会いや交流が重要なのもわかります

女性として、キャリア官僚として、出世を極めるということがいかに大変なことかは、さすがのセミリタイアラーのさくでも容易に想像がつく。特に、1984年入省ということは、1986年施行の男女雇用機会均等法前の世代である。女性社員は腰掛けが当たり前の時代である。それなりに大変な、官僚人生であり、そうした時代から生まれたスター官僚なのだろうとさくは想像します。

しかし、そうしたスター官僚が、若手に語った内容が「断らない女」というのは、少し複雑な気持ちにさせられます。

当たり前ではありますが、官僚の方々は、優秀でありかつ多忙な毎日を送っています。そして、そうした方々が、飲み会を断らなかったから出世できたというのも容易に想像ができます。さくは、こうした人々のおかげで、今の社会が成り立っていることを理解しているつもりではあります。

しかし、今の若い(特に女性の)優秀な官僚たちは、この山田氏のような「断らない女」をロールモデルにできるだろうかとも思います。(報道によると、山田氏の配偶者も総務官僚だとのこと。)学生時代から努力を重ねて、かつ、激務の官僚を務めあげ、子育てもし、かつ、飲み会を「断らない」。

山田氏の言いたいことは、わかるのです。チャンスというのは、どこにあるかわからない。特に、人との出会いというのが、人生を大きく変えるようなチャンスや新しい知識を運んでくる。だから、積極的に飲み会に参加して、チャンスと出会いを手繰り寄せるべきだ。特に、官僚のような狭い世界であれば、人との出会いは重要さを増すのでしょう。

完璧すぎませんか?何か無理がある気がします

さくが、問題にしているのは、スター官僚が語るロールモデルが時代にそぐわないということです。

本当に、優秀だからと言って、能力が高いからと言って、国のためだからと言って、仕事もバリバリこなし、子育てもして、旦那さんの出世もサポートして、飲み会まで「断らない」(チャンスを取りに行く姿勢を貫くこと)ということが可能なのでしょうか。それが、若者へのメッセージとして有効なのでしょうか?

もちろん、山田氏自身の生活は、さくは知りません。もしかりたら、子育てはベビーシッターや祖父母が代行していたかもしれませんし、意外と総務省が緩い省庁で定時に帰れていたかもしれません。旦那さまは「断る男」だったかもしれません。その実は、わかりません。

ただ、総務省のスター官僚であり、キャリアという意味では女性の希望ともなるような方が発するメッセージとして正しかったかどうかかなり疑問です。

まとめ

もし、男性官僚がドヤ顔で「断らない男」が出世の秘訣だと語ったらどうでしょう。

さく個人としては、おそらく時代遅れだと叩かれると思います。おそらくイーロン・マスクや孫正義のような創業者以外の人が、この手の激務系の主張をすると叩かれる傾向にあると思います。最近だと創業者であっても、永守さんなどはやや批判されつつあるように感じます。

さく自身としては、激務を通してしか手に入らないものがあることは理解しており、その点を批判するつもりはありません。しかし、女性キャリア官僚でかつ、次官級のポストに就く方という立場から考えると、メッセージとして正しいのかどうか、かなり疑問を感じました。(さくは、立場によって意見が変わることも否定はしない考え方です。)

ただ、山田氏は素直な方で、出世するためだったら何かを犠牲にしなければならない、という当たり前の真実を正直に伝えたかっただけかもしれません。

みなさまは、どうお考えでしょうか。

ではでは。


セミリタイアランキング

にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村







中年男性は生きづらいらしい

どうもさくです。

さくは、中年男性なのですが、どうも日本では中年男性というのは生きづらいらしいです。

まず、中年男性の自殺率は他の世代と違い抜きんでています。日本人の自殺の4割ぐらいは4-60歳の中年男性に占められており、その自殺率も世界一と言われています。

幸福度調査によっても、そもそも日本人の幸福度が世界の中でも低いにも関わらず、男性の幸福度は女性よりも低く、多くの調査では50代が最も低い幸福度になるU字カーブを描くことが知られています。つまり、日本人の中年男性はどうも幸福ではないらしいのです。

これらの事実は、もちろん個別の事情によるものが大きく、単純に比較することができない問題ではあるので、一概にそうだということは言えません。ただ、一つの傾向として(日本の)中年男性はどうも生きにくいと感じていることが分かります。

中年男性の逆風

さくとしても、中年男性は生きにくくなっていると感じています。

それは、収入が減ってきていること、結婚しにくくなっていること、そして、そもそも中年男性は正しくないということ、にあると考えています。

まずは、バブル期以降、中年男性の給料が相対的に(他の世代に比べて)減少していることは良く知られた事実です。それでも、最も給料が多い世代ではあるのですが。こうした、相対的な地位の低下は、今までの生活様式を変更しなければならなく、生きづらさにつながると思います。

次に、結婚しにくくなっていること。これも世界的潮流ではありますが、日本人男性の生涯未婚率が過去30年で1%台から23.4%(2015年調査)にまで上昇してきていることにあります。これは、女性の14.1%(同じく2015年)と比較しても高く、男性が結婚できない時代になってきています。特に男性は、未婚か既婚かで、幸福度や寿命に顕著な差が出ることが知られており、大きな問題であると考えられています。

最後に、中年男性は正しくないという問題があります。これは、ポリティカル・コレクトネスという考え方が広まり、差別や偏見への社会的圧力が強まっているという潮流は、中年男性にとって逆風となるからです。理由は簡単で、中年男性は世の中で知られる社会正義の中で、攻撃される側の強者であるからです。男女平等の観点からは、男性は女性の権利を守る必要があります。セクハラをするのはもっぱら男性社員です。若者との接点からは、パワハラを訴えられるのは中年男性です。


生きづらいのに守られない

中年男性は、自殺率も高くて、幸福ではないのにも関わらず、さらに、今後も給料は上がらないし、結婚もできないかもしれないし、社会正義の観点からは不当に権利を持った既得権者であるために責められる可能性を持っています。

しかも、加齢臭もするし頭髪も薄くなってくるし、代謝が悪くなり体形が維持しにくくなってきます。

中年男性は生きにくいのです。

そして、そんな中年男性は、今後、育児や家事にも積極的に参加しなければならないし、ECOやSDG.sな生き方も求められます。当たり前ですが、給料は上がりませんが、今まで通り国際競争の中、きっちり働かなければなりません。

降りるというのはいかがでしょうか

さくは、現在の中年男性への過剰な要求は、維持不可能であると考えています。もちろん、社会正義や男女平等、ECOや持続可能な社会生活などを希求すること自体は望ましいことだと考えています。男性が積極的に育児参加することは良いことだと思いますし、ハラスメントは無くなった方が良いと思います。すべての人が結婚をすべきだとも思っていませんし、多様な生き方が認められるべきだと思っています。

しかし、中年男性は過去に既得権益であったが為に、その生きづらさが他者に認められないという独特の不幸を背負っているとも思っています。少なくともデータは、中年男性の生きづらさを示唆しています。

このため、さくは、中年男性の生きづらさを取り除くために、どんな戦略があるか考えていければと思っています。中年男性(将来の老年男性でもある)を取りこぼすことなく、すべての社会構成員が幸せになれれば良いなと考えています。

みなさまはどう思いますか。

ではでは


セミリタイアランキング

にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村









中年、男性、正社員という属性への逆風

どうもさくです。

さくは、ブログで、中年男性への逆風をどのように戦略的に和らげていくかという観点で書いていることが多いです。中年男性は、今後、さらなる逆風に晒されると考えられます。そして、これは構造的な要因なので避けられようがありません。今回は、こうした構造的要因について書いていこうと思います。

中年男性への構造的逆風

さくは、時代の大きな流れとして、以下の三点を重視しています。

その1、少子高齢化
その2、新自由主義(+IT)
その3、正しさの追求(ポリティカル・コレクトネス)

これらの流れは、過去数十年間、進んできたものではあります。
例えば、少子高齢化で言えば、1974年に合計特殊出生率が人口置換率である2.08を下回っており、問題点として指摘されています。新自由主義の出発点をどことするかは難しいですが、日本では1982年の中曽根内閣(国鉄、電電公社の民営化など)にその影響が強く表れています。ポリ・コレという意味では、例えば男女雇用機会均等法は1986年に施行されています。

そして、これらの流れが現在も続いており、今後もそうであると予想されるのです。

なぜ、中年男性への逆風となるか

まずは、少子高齢化。

これは、単純に、成長率を押し下げるだけでなく、社会保障税を押し上げる効果を持ちます。こうした、状況の中で、サラリーマンの可処分所得が上がることは無いでしょう。さらに、1970年代までは、合計特殊出生率が2を超えていました。ということは、今までの中年は、兄弟が1人もしくは、複数いた確率が高い状況でした。しかし、これから中年になる人々は、一人っ子の確率が非常に高く、かつ、地元に住んでいない人も多い状況です。これは、今までの中年男性よりも、介護問題が増大する可能性を表しています。

次に、新自由主義。

これは、いろいろな側面があるものの、自由貿易や国際競争という意味で、日本の中間層に強い影響を与えます。つまり、グローバルな競争は、グローバルな賃金同質化を進めるので、相対的に賃金の高い日本人中年男性への賃金低下圧力になります。これは、今までも言われてきたことではありますが、今後もこの流れが逆流することは、当面ないと思っていた方が良いでしょう。

最後に、正しさの追求です。

これは、正しさが何であるかの議論はあるものの、グローバルな流れとして、ポリティカル・コレクトネスやSDG.sが求められる時代になっているということです。そして、こうした流れは、社会全体を良くするという方向性に向かっていくものの、中年男性にとっては逆風となりえる現象でもあります。なぜならば、いわゆる中年男性は既得権益側の立場であったからです。特に、女性の社会進出と経済的な自立は、一方で、守られない「弱い男性」問題を生み出します。例えば、グローバルに結婚できない男性という存在が増えてきており、社会問題となりつつあります。しかし、こうした「弱い男性」は、ポリティカルコレクトネスで救済の対象となるような、社会正義の対象としては現在見做されていません。


まとめ

こうした、構造的な変化は、個人への影響が不可避である一方で、その影響力が多大でもあります。このため、こうした環境の変化に合わせて、生き方を変えていかないといけないと、さくは考えています。

中年男性にとって逆風となる環境で、どのように変化していけば、より良く暮らしていけるのかという戦略を今後も考えていきたいと思います。

ではでは。


セミリタイアランキング

にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村








ギャラリー
PVアクセスランキング にほんブログ村
  • ライブドアブログ